仙台高等裁判所 昭和61年(ネ)135号 判決 1987年12月23日
福島地方裁判所昭和六一年(上)第九号事件(以下、単に第九号事件という。)控訴人
同第一〇号事件(以下、第一〇号事件という。)被控訴人
附帯被控訴人
一審原告
鈴藤建設株式会社
右代表者代表取締役
鈴木宮夫
右訴訟代理人弁護士
片岡政雄
同
片岡正彦
第九号事件被控訴人
附帯控訴人
一審被告
菊田毅
第九号事件被控訴人
附帯控訴人
一審被告
手塚栄助
第九号事件被控訴人
附帯控訴人
一審被告
井上功一
第九号事件被控訴人
第一〇号事件控訴人
一審被告
佐藤傳
第一〇号事件控訴人
一審被告
財団法人福島国際武道会館
右代表者理事
佐久間三郎
第一〇号事件控訴人
一審被告
佐久間
第一〇号事件控訴人
一審被告
楡井一雄
第一〇号事件控訴人
一審被告
佐久間三郎
右一審被告ら訴訟代理人弁護士
高橋一郎
第九号事件被控訴人
一審被告
矢吹周太郎
右訴訟代理人弁護士
岩渕敬
主文
一 一審原告の控訴を棄却する。
二 一審被告財団法人福島国際武道会館、同佐藤傳、同佐久間、同楡井一雄、同佐久間三郎らの控訴及び一審被告菊田毅、同手塚栄助、同井上功一の附帯控訴に基づき、原判決中、右一審被告ら敗訴部分を次のとおりに変更する。
1 一審被告財団法人福島国際武道館会館、一審被告佐久間三郎、同佐久間及び同楡井一雄は各自一審原告に対し、金二〇〇〇万円を及びこれに対する昭和五八年一〇月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審原告の一審被告財団法人福島国際武道会館に対する予備的請求(請負代金請求)に基づき一審被告財団法人福島国際武道会館は、一審原告に対し金一〇七二万八四九二円及びこれに対する昭和五五年一〇月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 一審被告佐久間三郎、同佐久間、同楡井一雄、同佐藤傳同菊田毅、同手塚栄助及び同井上功一は、各自一審原告に対し、一審原告の一審被告財団法人福島国際武道会館に対する金八〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一八日から完済まで年五分の割合による金員に充つるまで、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 一審原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用中、一審原告の控訴に関する費用は一審原告の負担とし、その余の訴訟費用は第一・二審を通じてこれを三分し、その二を一審被告らの負担とし、その余を一審原告の負担とする。
四 この判決は第二項1ないし3につき(無担保により)仮りに執行することができる。
事実
一1 一審原告訴訟代理人は、第九号事件控訴につき請求の一部を減縮し、「原判決中、一審被告菊田毅、同手塚栄助、同佐藤傳、同矢吹周太郎及び同井上功一に関する、一審原告敗訴の部分を取り消す。右一審被告らは各自一審原告に対し、金三〇七二万八四九四円を支払え(右を超える部分および附帯請求分について請求を減縮)。訴訟費用は第一・二審とも右一審被告らの負担とする。」との判決を求め、第一〇号事件の控訴につき「控訴棄却、控訴費用は一審被告らの負担とする。」との判決を、附帯控訴につき「附帯控訴棄却、附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
2 一審被告菊田毅、同手塚栄助、同佐藤傳、同矢吹周太郎、同井上功一ら訴訟代理人は、第九号事件一審原告の控訴につき「控訴棄却、控訴費用は一審原告の負担とする。」との判決を、附帯控訴につき「原判決中、一審被告菊田毅、同手塚栄助、同井上功一の敗訴部分を取り消す。右一審被告らに対する一審原告の請求(債権者代位権に基づく貸金請求)を棄却する、訴訟費用は、第一・二審とも一審原告の負担とする。」との判決を求め、一審被告財団法人福島国際武道会館、同佐藤傳、同佐久間、同楡井一雄、同佐久間三郎訴訟代理人は、第一〇号事件控訴につき「原判決中、右一審被告ら敗訴の部分(ただし一審被告財団法人福島国際武道会館《以下、一審被告財団という。》の反訴請求に関する部分を除く。)を取り消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次項以下のとおり、双方において、当審における補足主張を追加し、当審における証拠関係が当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。
三 一審原告の主張変更及び補足主張
1 当審における主張の変更一
一審被告佐久間三郎(以下単に被告三郎ということがある。)、同佐久間(以下単に一審被告ということがある。)、同菊田毅、同手塚栄助、同佐藤傳、同井上功一及び同楡井一雄に対する、債権者代位権に基づく一審被告財団の右一審被告らに対する各貸金請求について、従来、代位権の基礎となる債権として一審原告の一審被告財団に対する損害賠償債権を主張してきたが、当審において主張を改め、「一審原告が一審被告財団に対して昭和五四年一月二〇日一〇〇〇万円を弁済期、利息の定めなく貸与した」貸金債権のうち、一審被告矢吹周太郎及び一審共同被告亡小島亀太郎の相続人(同被告承継人小島美子、同小島博隆、同八巻智恵子のこと、右小島美子については一審判決確定ずみ、同小島博隆、同八巻智恵子については当審で和解成立、以下同じ。)から各一〇〇万円ずつ合計二〇〇万円の弁済を受けた残額八〇〇万円とこれに対する昭和六二年八月七日準備書面陳述の日の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金債権を有するのでこれらの債権とする。
なお、一審被告らの昭和五四年五月一四日の金二〇〇万円の弁済は否認する。もつとも、一審被告財団から(時期は別として)二〇〇万円の交付を受けたことはあるがこれは本件請求工事代金の弁済として受領したものである。
一審原告は右の貸金債権及び遅延損害金債権を有するところ、一審被告財団が無資力であるから、右一審被告らに対し、各自一審被告財団の右一審被告らに対する貸金一〇〇万円ずつ及びこれに対する原審における昭和五九年九月一〇日付準備書面送達後の同年九月一一日から完済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(原審以来の請求額を右の限度に減縮する。なお、一審被告矢吹に対する代位請求は、昭和六二年一一月一一日第九回口頭弁論期日において取下げた。)。
2 同二
一審原告は前記亡小島亀太郎の相続人から昭和六一年七月二九日成立の和解に基づき、同年九月二六日三〇〇万円の弁済を受けたので、これを原審認容の損害賠償債権三〇七二万八四九四円に対する昭和五五年一〇月一日から昭和五七年九月一二日まで(一年三四七日)の、年五分の割合による遅延損害金に充当した。残債権は右元本とこれに対する同年九月一三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金となつた。
よつて、一審被告財団、一審被告三郎、同菊田、同手塚、同佐藤、同矢吹、同井上、同(以下単に一審被告ということがある。)及び同楡井に対し、右金員の支払を求める(但し一審被告菊田、同手塚、同佐藤、同矢吹、同井上については前記のとおり請求の減縮がある。)
3 当審における補足主張
(一) 原審は、一審被告菊田、同手塚、同佐藤、同矢吹、同井上ら理事が本件請負契約(原判決事実摘示第二、一1(二)(1)の契約)に積極的、具体的に関与せず、契約の締結を予見し、認識していたことが認められないとして、同理事らの、契約の締結を阻止すべき注意義務を否定し、不法行為責任を認めなかつたが、同理事らはすべて発起人会議に出席し、議事内容である本件請負契約にかかる本件建物(一審被告財団の会館)建設計画、資金計画の説明を受けて議決し(乙第一七号証の一)、一審被告財団に対する寄附を実行し(同号証の四ないし七)、後記のように地鎮祭にも出席し、一審被告菊田、同井上各理事は約束手形に裏書し(甲第一〇号証の一ないし一〇)ており、このような状況にある同理事らを他の理事らと区別して責任を否定すべき理由はない。
地鎮祭についての写真(甲第一六号証の三)には、一三名の理事中九名のみが写つているが、同写真に写つていない理事も来賓とともに多数出席していたのであり、原審において不法行為責任が認められないとされた一審被告手塚、同矢吹及び同井上も出席者であつて、本件請負工事契約について積極的に関与していたことが明らかであり、不法行為責任を負うべきである。
(二) 一審被告財団については、法人格否認の法理が適用されるべきである。
一審被告財団に一〇〇〇万五〇〇〇円の資産があり、一審被告各理事らが就任し、事業として本件請負契約にかかる本件建物の建築計画があり、対外的にも種々の活動を行つていた事実があるとしても、右資産の点については、各理事らに貸付の名目で返還されており、中心的な理事である一審被告佐久間三郎は寄附を実行せず、建物の建築計画も実現性のないものであつたから、理事らが形式的に就任していても、法人としての実体のないものであつて、法人格を否認すべきであり、一審被告理事らが個人として責任を負うべきである。
四 一審被告ら(失吹周太郎を除く。)の補足主張
本件請負契約は成立しなかつた。すなわち、本件請負契約は、一審原告と訴外鈴木三雄理事(一審共同被告、一審判決確定ずみ、以下単に一審被告三雄ということがある)とが、仕事欲しさの余り先走りして工事を始め、その辻褄を合わせるために、請負契約が成立したかのような形を作り、契約書(甲第一号証)を作つたものにすぎない。
1 先ず、本件請負契約書については、その作成日付が昭和五三年一二月二五日となつているが、当時は請負契約の基本となる設計や仕様は決定されていなかつたし、また一億五〇〇〇万円という高額の建築工事に拘らず、その工期も請負代金の支払方法も契約書上空白とされ(着工の日は後日虚偽の日付が記入された。)、図面も見積書も契約書に添附されなかつた。
もつとも、一審原告は、見積内訳書(甲第一五号証)により工事見積を一審被告財団に示したというが、これはその日付によれば本件請負契約書の日付の五日前である同年一二月二〇日であつてこの見積内訳書を検討した者は一人もいないし、その二か月前の同年一〇月付で作成された見積書(乙第五号証)と対比しても各費目ごとに金額に大差があり、乙第五号証の作成の当時、一審原告の主張によれば、訴外大平との間で設計監理契約が成立していたというのであるから基本的設計が存在していた筈であり、僅か二か月の間にこれほどの相違が生ずるわけがない。結局これらの見積書や見積内訳書は真実性がないものである。
一審被告財団は、本件請負契約書の日付の直前である昭和五三年一二月一一日に設立認可されたものであり、同年同月一二日に第一回理事会が開催されたが、この理事会においては、工事着工を昭和五四年四月、事業費を一億三五七〇万円と決定した(乙第一八号証)ものの、建物建設の検討とその実行を担当する機関として建物建設委員会を設置し、建物の設計や施工業者の選定は同委員会において検討のうえ理事会に諮ることとして、同理事会においては、設計や業者の選定が討議されなかつたのである。工事着工予定と事業費の額については、船舶振興会に提出された補助金交付申請書(乙第一号証の二)においても、右第一回理事会と同内容の記載がなされているのである。
しかるに、本件請負契約書においては右理事会の決定や補助金交付申請書の記載と異る工事金額一億五〇〇〇万円が記載され(一審原告は一億四〇〇〇万円に一〇〇〇万円を上積みしたと主張しているが、その根拠が明らかでなく、その見積書も予算書もない。)、また工期も契約日の翌日である昭和五三年一二月二六日に着工するものと記載されている。見積書が同年一二月二〇日に提出されたとすると、それから僅かの期間内に、一審被告財団の最重要課題である会館建設の検討を終え、かつ修正もなく契約成立に至ることはありえないばかりか、本件請負契約書の内容は以上の如く理事会の決定等と矛盾し、かつ翌年一月一三日に施行することが決定されたという地鎮祭の前に着工する内容のものであつて、とうてい真実の請負契約ではありえない。
更に、工事代金の支払方法は、本件請負契約書作成後に一審原告が空白部分にほしいままに記載したものであつて、第一回支払日を昭和五四年四月末日としているが、たとえ、船舶振興会からの内示が同年三月末にあつたとしても、果たして何時補助金が交付されるか判明しない状況にあり、ほかには資金の目途がないのであるから、本件請負契約書記載の如き約束ができる筈はないのである。
これを要するに、本件請負契約書とされている甲第一号証は、一審原告が自己の資金繰りのために、工事請負契約が出来たという外形的な既成事実を作出するために、形式上作成したにすぎないものである(このことは、契約書の用紙が普通民間の建築請負契約に用いられている用紙を用いず、福島県との請負契約に用いられる用紙が用いられていることからも窺われる。)。
なお、本件請負契約の前提となる設計、監理委託契約について付言すると、訴外大平と一審被告楡井及び一審被告三雄の両理事との関で折衝のうえ設計、監理委託契約が結ばれたとされ、企画設計監理委託契約書(甲第一二号証)が昭和五三年一〇月二〇日付で作成されている。
しかし、当時一審被告財団の設立前で、発起人代表者は一審被告山田英二(一審判決確定ずみ)であり、少くとも代表者に次ぐ実権を掌握していた発起人は一審被告三郎であつて、一審被告楡井及び同三雄は単なる発起人にすぎず実際上の権限を有していなかつたのであるから、同人らが設計監理委託契約を結んでも、他の発起人らの承認を得なければ、契約が成立しなかつたのである。
設計監理委託契約書とされている甲第一二号証には、前述の理事会決定や補助金交付申請書記載の工事金額一億三五七〇万円とは関連性のない一億円の記載がなされ、また、設計監理費用一〇〇万円を監理完了時に支払う旨記載されているが、これは一審被告三雄らの独断により決められ、この契約書作成の事実は、同人らが秘匿して、一審被告理事らには知らされないでしまつたものである。
2 地鎮祭については、昭和五四年一月一三日に行われたとされているが、これも本件請負契約書(甲第一号証)と同様に、一審被告三雄理事が一審原告の工事請負を実現するために行つた既成事実の積み重ねの一つである。
地鎮祭は、一審被告財団の会館建設という工事の特性上、理事会の討議にかけ、理事全員の外、多数の来賓に招待状を発してその出席を得て行われるべきものであるのに、右一月一三日に行われた地鎮祭は電話連絡により一審被告財団の理事一三名中半数以下の六名のみが出席し(甲第一六号証の三)、これと一審原告代表者、訴外大平ら内輪の者が出席しただけであり、また、当時建築確認申請もなされていず、敷地についても訴外大昭和製紙株式会社の地上権がついていて(同地上権は同年一月一六日付で解除された。)、地鎮祭(起工式)が出来る状態ではなく、右地鎮祭はとうていその実質を備えたものではなかつた。
したがつて、この地鎮祭をもつて、本件請負契約が成立したことの根拠とすることはできない。
3 一審原告の一審被告財団に対する貸金について
(一) 一審原告は一審被告財団に対して一〇〇〇万円を貸与したと主張するが、うち七〇〇万円の貸借の事実は認めるものの、その余の事実は否認する。
(二) 一審被告財団は右七〇〇万円の借用金のうち、二〇〇万円を昭和五四年五月一四日一審原告に弁済した(乙第一二号証)。
4 自白の撤回について
一審被告三郎、同楡井、同、同佐藤、同菊田、同手塚、同井上は、一審被告財団から、一審原告主張のとおり一〇〇万円の貸与を受けた事実を原審において自白した(原判決事実摘示第二、一(三)(4)ア、四(一)(3))が、右自白は真実に反し、錯誤に基づくものであるから、自白を撤回し、その事実を否認する。
五 一審被告矢吹の補足主張
1 一審被告財団の会館建設には船舶振興会からの補助金交付が不可欠であり、それは、理事一同共通の認識であつたから、その交付決定がないのに本件請負契約を結ぶことはありえない。本件請負契約書であるという甲第一号証は、一度も理事会において審議されなかつたのであるから、一審被告財団の一部の理事が補助金の交付を見込んで先走りし、本件請負契約を結んだとしても、一審被告矢吹としては、それを予見し、認識することは不可能であつた。
また、一審被告矢吹は地鎮祭に出席したが、工事は補助金交付決定後の昭和五四年四月着工の予定とされていたので、その準備として土地の整理をする程度のことと考え、そのための地鎮祭として疑問をもたずに出席したにすぎず、このことから、一審被告矢吹が本件請負契約の締結を予見し、認識していたものとすることはできない。
2 法人格否認の主張は争う。一審被告財団は実在し、会館建設のため種々の活動をしていた。
六 一審原告の認否、反論
1 一審被告らの主張の、貸金中、二〇〇万円の弁済の事実は否認する。一審被告ら主張の頃(ただし、その日時は昭和五四年五月一七日である。)その金額を受領したことはあるがこれは本件請負契約にかかる工事代金の一部支払であり、貸金の弁済ではない。
2 一審被告らの自白の撤回に異議がある。
一審原告は、原審において、当初、一審被告財団が無資力である理由としてその理事である一審被告らが寄附の申込をしながら実行しないことによるものとして、その履行を求めたところ、一審被告らは、これを履行ずみであると主張し、更に、その資金の行方について釈明を求めたのに対し、一審被告理事らが一審被告財団から貸付を受けたと釈明したのであつて、一審被告ら主張の如き錯誤はありえない。
かりに、貸付についての自白の撤回が許されるとした場合には、被告財団の理事らの寄付を履行していないことになるから、その履行を求めるべき旨を予備的に主張する。
理由
一本件請負契約にかかる損害賠償請求について
1 主位的請求原因(一)の(1)の事実は、当事者間に争いがない。
2 本件工事着工の経緯
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 一審被告三郎は、剣道において範士八段の高段者で、東京に所在の会社役員をつとめた者であるが、出身地福島県に青少年並びにその指導員を養成する機関として武道会館を設立しようとの構想を有していた。
そこで一審被告三郎は、昭和五三年四月ころ、福島市内に在住の剣道高段者である一審被告楡井(剣道七段)らにその構想を話し、一審被告財団を設立し、武道会館を建設しようと計画した。
右構想は一審被告楡井から一審被告三雄に伝えられ、三雄はその敷地を探すことの協力を求められたため、土地を物色し、同年六月ころ、本件土地借受の話を具体化した。
(二) 右建設費用として一億三五〇〇万円余りが見込まれたところ、一審被告三郎は東京で日本文化事業協会の役員から、船舶振興会がこの種の事業に補助金を出すと聞き、事業費の約半分は船舶振興会からの補助金で賄い、残額は企業・団体及び福島県の剣道連盟下部組織からの寄附金で賄うこととした。
(三) 右事業を推進するに当つて、一審被告三郎の実弟である一審被告が事務局長となり、一審被告楡井、三雄らがこれを助け、昭和五三年一〇月二四日一審被告財団設立の発起人会議が開かれ、一審被告財団の設立が満場一致で可決された。
(四) 一審被告財団を除く一審被告(一審で訴訟が承継された者については承継前の玉木祥通、小島亀太郎である。)らは、一審被告財団の理事であり、いずれもその設立の発起人となつており、右会議には発起人中、一審被告三郎、同菊田、同手塚、同佐藤、同矢吹、同井上、同、同楡井、同三雄、承継前の一審被告小島亀太郎(以下亡小島ということがある。)と外三名の者が出席し、一審共同被告(以下単に一審被告という。)山田、承継前の一審被告玉木祥通(以下亡玉木ということがある)は欠席し、亡小島が議長となつて議案の審議をすすめ、その議事録には亡小島、一審被告三郎、同楡井が署名・押印した(乙第一七号証の一参照)。右会議において、一審被告財団の寄附行為(乙第二号証)を可決するとともに、右出席発起人らからすでに寄附申込のあつた一〇〇〇万五〇〇〇円(一審被告三雄のみ一〇〇万五〇〇〇円、他の発起人ら各自一〇〇万円)、(乙第一七号証の二ないし一一)、をもつて一審被告財団の基礎財産とすることを議決し、さらに、一審被告財団設立後二年間の事業計画及び収支予算が審議され、武道会館建設資金は地元・中央財界からの寄附金を募つて充当するが、建設費総額一億三五七八万円のうち、その半額の六七八九万円は船舶振興会に補助金交付を申請してその補助金によつて賄うこととし、右補助金が減額された場合及び物価上昇等により予算価格を上廻つた場合には、福島県・福島市当局に対し助成を申請することとし、武道会館建物の建設日程は、最終設計決定昭和五四年一月、建設工事請負業者決定同年二月、工事契約額決定同月、工事契約締結同年三月、工事着工・施工監理同年四月から同年八月、工事完成八月と予定した。
また一審被告財団の事業所を一審被告(旅館業)の住所地と同所に置くことにしてその法人設立手続のために、一審被告を設立代表者に選び、一審被告財団設立に当つての一切の権限を一審被告に委任し一審被告財団を除く一審被告ら(亡玉木・亡小島を含む)を一審被告財団の理事とする旨議決した。
(五) 一審被告は、昭和五三年一〇月二七日福島県教育委員会宛に一審被告財団設立の許可申請書を提出し、また一審被告山田を一審被告財団設立発起人代表者として、設立許可前の同月三〇日付をもつて船舶振興会に対し、右補助金として六七八〇万円の交付申請をなすに至つた(一審被告財団設立後の昭和五四年一月二五日改めて申請書の提出をしなおした)。しかし、右発起人会議の議決に先立ち、一審被告財団の設立と、当時その中核的な事業であつた武道会館建物(本件建物)建設の計画を中心的な立場で推進していた発起人である一審被告三郎、同、同楡井及び同三雄が一審被告財団の設立を見越して、相互に意思連絡をはかりながら、本件建物の建設活動を開始しており、これより前の昭和五三年九月ないし一〇月ころ一審被告三雄は設計士大平敏夫に対し武道会館建物の設計を総工費を一億円と見積つて依頼し、また亡小島から茨城県の鹿島に参考となる武道館があることを聞いて、同年一〇月八日一審被告、一審共同被告武藤(一審判決で確定ずみ)、一審被告三雄、同楡井及び前記大平敏夫が鹿島神武殿を見学し、同月一二日には、一審被告三郎が福島市に来た折りに、同人及び同三雄、同、同楡井が予定敷地である本件土地を見分した。
(六) 一審被告代表者は、大平敏夫から本件建物の建設計画を聞いていたところ、一審被告三雄の計らいで、一審被告三郎らが本件土地見分後の帰途、ドライブイン大王において同三郎らと会い、紹介を受け、本件建物建築の施工を申し出た。
なお一審原告代表者は、その建築資金は船舶振興会からの補助金と地元その他からの寄附金によることを聞いていた。
(七) 一審被告楡井、同三雄は、同年一〇月二〇日福島国際武道会館代表の肩書で、同三郎らの了解のもとに、大平敏夫との間で、先に口頭で依頼していた本件建物新築工事の設計依頼について改めてこれを書面化することにして、企画設計監理委託契約書(甲第一二号証)を作成し、一審原告は大平敏夫からの依頼により、同年一一月一三日福島県福島保健所長に対し、本件土地附近の流水が一般飲料水として適合するか否かの検査申請をし、また協和ボーリング株式会社に対し、本件予定敷地の地質調査と井戸掘削の場合の費用見積を依頼した(同年同月二日から同月四日にかけて調査された)。
(八) 一審被告財団は同年一二月一一日設立許可を受け(同月二七日設立登記)、翌一二日第一回理事会が開催され各理事のうちから、一審被告山田が一審被告財団の業務を総理する会長に、亡小島が副会長に、一審被告三郎が一審被告財団を代表する理事長に、一審被告楡井、同(事務局長併任)、同三雄、亡小島、酒井功が建設委員に選任され、工事については、先の発起人会議の決議内容と同様に、昭和五四年四月着工、同年八月完成と予定する旨の決議がなされた。
(九) 第一回理事会において前記(八)の如き決議がなされたが、一審被告財団は、各理事らの拠出によつて当座の運営資金に充てるため約一九〇万円を確保したものの、これと法人としての基礎財産である前述の発起人らの寄附にかかる一〇〇〇万五〇〇〇円(乙第二五号証の二ないし四)の外には、事業の運営のために自在に運用できる資金がなく、当面の資金として更に一〇〇〇万円ほどの資金を早期に捻出することが必要であつたところから、理事長である一審被告三郎からその善処方を事務局長である一審被告に指示し、他方一審原告は、中心的な立場で本件建物の建設を推進していた右各理事らとの了解のもとに、本件建物の建設工事を請け負うことの内諾を得て、設計担当の甲匠設計こと大平敏夫と協力して、すでに本件建物の設計や見積等の面における活動をも手掛けてきたが、右工事の将来における施行やその他の自己の事業資金獲得のため早急に銀行融資等の資金手当をする必要があつたところから、一審被告財団との間で早速にも工事請負契約を結んでその契約書を作成することの必要があり、このような双方の必要に応じるため、一審原告代表者と一審被告、同三雄各理事らとの間で折衝し、その結果、本件建物の工事費用について厳密な検討を経るいとまはないが概算により一億四〇〇〇万円として工事契約を結び、その工事請負契約書を資料として一審原告が他から融資を受けて、その資金の一部一〇〇〇万円を一審被告財団に貸与することにより同被告財団の当座の運営資金に充て、なお右貸付金一〇〇〇万円は請負代金に加算して請負代金支払の形で後日返済すること、したがつて、請負契約書上の請負工事代金は右貸付予定金額を加算した一億五〇〇〇万円とすることの旨の合意をし、昭和五三年一二月二五日本件事業の事務局長となつていた一審被告方において、一審原告代表者、一審被告三郎、同、同楡井、同三雄及び亡小島が出席し、一審原告と一審被告財団との間の本件契約書(甲第一号証)が作成された。
なお右契約書においては、前記の事情で一億五〇〇〇万円としたが、右は概算による金額であつたほか工事代金支払に十分な資金の獲得とその時期についての確実な見通しがついていなかつたので、当日その支払条件を具体的に定めることはせず、工事着工日を右契約日とし、工事完成期日を翌昭和五四年六月一日とした。そして昭和五四年一月一三日を地鎮祭の日と決め、昭和五三年一二月三〇日地元新聞福島民友に工事の具体的内容、地鎮祭、工事完成予定日(昭和五四年五月末)等が報道され、また昭和五四年一月一〇日及び同月一二日にも地元新聞福島民報に右同趣旨の報道がされた。
本件建物の敷地となる土地については、先に昭和五三年六月頃土地所有者遠藤権治郎との間に賃貸借契約の了解がついていたが、昭和五三年一二月二七日付で一審被告財団設立代表者佐久間の名義により土地所有者との間で改めて賃貸借契約書(乙第一〇号証)を作成した。またこの土地は訴外大昭和製紙株式会社の地上権の目的となつていたが、本件請負契約(甲第一号証)締結の頃か、その以前からその権利消滅のための交渉がなされ、昭和五四年一月一八日補償金二〇万円を同会社に支払つて、地上権の解消を得ることが出来た(ただし、地上権消滅の登記は昭和五五年一〇月二八日付でなされた。乙第一一号証の一・二、第一四号証)。
(一〇) 昭和五四年一月一三日予定どおり地鎮祭が行われ、一審被告三郎、同、同楡井、同三雄、同井上、亡小島らがこれに出席した。
(一一) 一審原告は、その後間もなく本件工事に着工し、また右一〇〇〇万円融資の約束に従い昭和五四年一月二〇日事業資金七〇〇〇万円を一審被告財団に融資し、同月二三日設計監理費として金三〇〇万円を一審被告財団に代つて直接設計監理者の大平敏夫に対し、支払つた。
なお船舶振興会から補助金の交付を受けようとする場合には、その前に工事をなしえないものとされていたが、一審原告代表者も、一審被告財団の理事らも、一審被告三郎等一部の者を除き、殆んどの者はそれを知らず、また知つていた者もそれを厳格に解せず、基礎工事程度のものは補助金交付決定の事前に着工しても差支えなく、また補助金は同年四月頃には交付決定がなされるであろうとの見込のもとに、いまだ補助金交付決定がなされるその以前において、前記のように地鎮祭を行い、かつ一審原告が昭和五四年一月頃から工事にとりかかり、同年三月頃には基礎工事を終える程度に達した。
ところが、先に前記(五)のとおりに船舶振興会に対して申請していた補助金の交付が同年四月には実現されない見通しとなつたばかりか、改めて再度交付の申請をしたのに対しても、同会の承認が得られず、当分その実現の見通しはなく、本件建物の建設計画は挫折するに至つた。
一方本件建物の建築確認申請は昭和五四年一月八日一審被告佐久間の名義で一審被告三雄の手続により申請され、建築主事によるその確認は同年二月一三日付でなされた。
以上の各事実を認めることができる。右認定に反する<証拠>は、前掲各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。
3 本件請負契約の締結について
前記2の(九)の事実に徴すると、昭和五三年一二月二五日一審被告三郎、同、同楡井、同三雄及び亡小島の関与のもとに、一審原告と一審被告財団との間で、代金を一億五〇〇〇万円(ただし、うち一億四〇〇〇万円を概算により工事代金額として、将来見直しのうえ修正の余地を残すことにし、ほかに一〇〇〇万円の一審被告財団に対する貸付予定金額を含む)、工事着工日を昭和五三年一二月二五日、工事完成期日を昭和五四年六月一日とする本件建物新築の請負契約を締結し、この工事請負契約に基づき一審原告が工事の一部を行つたが、一審被告財団が主たる財源としていた船舶振興会からの補助金の交付が得られず、本件建物の建設計画が挫折したために、工事金額の見直し、修正の機会を得ないでしまつたものと認めるのが相当である。
4 心裡留保について
(一) 一審被告らは、本件請負契約にかかる本件契約書(甲第一号証)は、一審原告が金融機関から資金を借り受ける便宜のために作成したものに過ぎず、右契約の意思表示は心裡留保であつた旨主張する。
そして、一審被告、同楡井、同三郎の原審及び当審における各本人尋問の供述(但し一審被告楡井については原審のみ)中には、右主張にそう供述部分があるけれども、前記2(九)(一〇)のとおり、右一審被告らは本件請負契約締結と同時に昭和五四年一月一三日地鎮祭を行うことを決定し、その予定どおりに地鎮祭が行われ、一審被告三郎らが異議なくこれに出席していること、その直前の昭和五三年一二月三〇日、昭和五四年一月一〇日及び同月一二日にそれぞれ地元新聞紙上本件請負契約の内容にそう報道がなされていること、そして間もなく一審原告が本件工事に着工していること、以上の各事実に徴すると、本件請負契約書の作成は、一審原告と一審被告財団との双方の資金需要に応じてその必要を満たす目的もあつて、本件建物の工事費用についての厳密な積算検討を経ないままに概算の工事金額をもとにして作成されたものであることは前述のとおりであるけれども、のちに工事費用の見直し修正の余地を残して、ともかくも、工事請負契約を締結する相互の真意に基づいてなされたものであることは疑う余地がないのであつて、一審被告、同楡井、同三郎の前記各本人の供述の一部は、にわかに措信し難いものといわなければならない。
尤も前記2(四)、(八)のとおり、発起人会議において審議された事業計画においては工事契約締結を昭和五四年三月と予定し、また右事業計画及び第一回理事会の議決においても工事着工を同年四月、完成を同年八月と予定する旨議決されてはいるが、一審被告三雄らは前記2(二)のとおり、この議決とは別に、右事業計画の日程より早目に、本件建物の建設手続を推進させていたものであるから右事業計画等があつたからといつて、これらにより本件請負契約の締結の意思表示が心裡留保であつたと認めることは困難であり、他にこれを認めうべき確証はない。
そうすると一審被告らの心裡留保の右主張は認められない。
(二) 一審被告ら(矢吹周太郎を含む。)の当審における補足主張中、本件請負契約が成立しなかつたとの点について
一審被告らは、本件請負契約が一審被告財団の発起人会や第一回理事会において決議された内容と相違し、或は、本件請負契約書(甲第一号証)が通常用いられる工事請負契約書と用紙も体裁も異り、また、これが理事会の審議にかけられたことも、一部理事のほかは他の理事らに知らされることもなかつたこと、その他、一審原告の資金繰りの必要上作成されたこと等の諸事情を掲げて、本件請負契約の成立を否定し、或は、少くとも、当事者間に契約の拘束を受ける意思を欠く無効のものであると主張するのであるが、右主張の如き諸事情があつても、本件請負契約が、発起人会や理事会の決議内容とは別に、中心的な立場で事業計画を推進していた一部の発起人ら(のちの理事長等の各理事ら)により、一審原告と一審被告財団との間で、当事者が契約の拘束を受けるべき真意に基づき、成立したものと認めるべきことは、前記説示のとおりであつて、右主張の如き事情は、本件請負契約の成立及び効力を否定すべき根拠とはなりえないというべきである。
5 損害の発生について
(一) 本件工事の出来高について
<証拠>によれば、本件請負契約に基づき昭和五四年一月二〇日頃原告が本件工事に着手し、本件実施済工事を施工したことが認められ、<証拠>によれば、一審原告が本件工事の施工としてなした工事の出来高は、少くとも三二七二万八四九四円と認められる。
<証拠>には、右出来高の評価額は二八五万円である旨の供述及び記載があるが、<証拠>によれば、右評価額は経年により現場の様子が当初と大分変わつたため、昭和五九年六月一日その変化後の状況等により評価したものであることが認められるから、これを採用することはできないものである。
なお<証拠>には、右出来高が請負代金総額一億五二五八万六六一〇円の約38.6パーセントに当たる金五八八三万円である旨の記載が存するが、一審原告代表者本人尋問の結果中には、本件請負契約の工事代金は実際には一億四〇〇〇万円であり、したがつて、右出来高も本当は一億四〇〇〇万円に38.6パーセントを乗じた額になる等右記載に反する部分があり、また出来高割合を根拠付ける証拠もないことに徴すると、右<証拠>の記載を直ちに信用することはできない。そして他に前記認定を左右すべき証拠はない。
(二) 一審被告財団の支払能力について
<証拠>を総合すると、本件建物建設事業に対する船舶振興会からの補助金は実現せず、また一般寄附金もほとんど集められなかつたことが認められる。右認定を左右すべき証拠はない。
右認定事実によると、一審被告財団は原告に対し、本件工事代金の支払をなしえない状態となつたということができる。
(三) そして一審原告は、一審原告が本件工事代金として二〇〇万円を受領したことを自認するから、一審原告は本件工事により、少くとも前記(一)の出来高三二七二万八四九四円から右二〇〇万円を控除した三〇七二万八四九四円相当の損害を蒙つたというべきである。
6 一審被告財団を除く一審被告(理事)らの責任について
(一) ところで本件工事計画には一億四〇〇〇万円近くの巨費を要するところ、これをすべて補助金・寄附金をもつて賄おうとするものであるから、このような事業の推進者としては、その資金の性質に鑑み、右補助金・寄附金の可能性について具体的に調査し、事業推進の結果、第三者に損害を及ぼさないよう注意し、手許に支払資金がなく、資金調達の確実な見通しも得られない段階においては、第三者との契約締結をさけ、支払不能により第三者に損害を及ぼさないよう注意する義務があるというべきである。
前記2の認定事実に徴すると、一審被告財団は右資金の半額を船舶振興会からの補助金によるものとしたものであるが、一審被告三郎は日本文化事業協会の役員から間接的な話として、船舶振興会がこの種事業に補助金を出すと聞きこれを安易に信じ、また一審被告三雄、同楡井、同、(亡小島)はこれを鵜呑にし、また一般寄附金の募集活動も具体化せず一般寄附金の集り具合に対する具体的な見通しも実感も得ていない早期の段階で、資金調達の確実な見通しもつかないうちに、右注意義務をつくさず、事業計画日程より先走つた形で、右一審被告らは本件請負契約の締結をもたらし、これによつて一審原告が本件工事に着手したものということができ、その結果原告が前記損害を蒙つたものということができるから、右一審被告三郎、楡井、、三雄、(亡小島)らは各自、民法七〇九条、七一九条一項に基づき、一審原告に対し右損害金三〇七二万八四九四円のうち、同人らの過失と相当因果関係のある後述の範囲において損害を賠償すべき責任がある。
(二) 本件請負契約の締結に関与した一審被告三郎、同三雄、同、同楡井、(亡小島)を除く一審被告(理事)ら及び亡玉木(以下「その余の理事ら」ということがある)は、本件請負契約の締結に積極的、具体的にかかわつた者ではなく、且つ右契約の締結を予見、認識していたことを認めるに足りる証拠はない(認識しえたことを認めうべき具体的証拠もない)。その余の理事らが発起人会議や第一回理事会に出席して、本件建物の計画について議決し、また本件建物の建設計画やその資金手当についての右各会議における審議内容を、当時知り又はその後に知るに至つたとしても、これらの会議では甲第一号証の内容の如き本件請負契約が締結されるべきことの討議や説明はなされていず、議事録にも記載されていないのであるから、その余の理事らが本件請負契約の締結を事前に、或は遅くとも契約締結時までに知り又は知りえたものとはいえないし、その余の理事らのうち地鎮祭に出席した者もあるが、これらの者は契約後に本件請負契約の事実と地鎮祭が行われることを知らされ、一審被告三雄理事らから電話により地鎮祭への出席を要請されて出席したにすぎないものであることが原審における一審被告三雄、同各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨に照らして明らかであるから、このことによつても、やはりその者らが事前に本件請負契約の事実を知り或は知りえたものいうことはできない。また、前顕<証拠>によれば、その余の理事らのうち、一審被告菊田、同井上は、昭和五四年五月一四日一審被告財団振出の、金額各七〇〇万円のもの一〇通の約束手形に裏書をなしたことが認められるものの、これも、本件契約締結はもちろん、本件工事施行後のことに属するから、事の理は以上と同様である。
この点と関連し一審原告は当審における主張3(補足主張)において
一審被告菊田、同手塚、同佐藤、同矢吹及び同井上各理事がすべて発起人会議に出席して議事の内容を知悉し、本件建物の建設計画、資金計画の説明を受け、一審被告財団に対する寄附を実行し、地鎮祭に出席し、更に右理事らのうち一部の理事らが一審被告財団振出の約束手形に裏書をしたことを理由として、同人らが本件請負契約に積極的、具体的に関与したものとして、不法行為責任を負うべきであると強く主張するけれども、かりにこれらの主張事実があつても、同人らが本件請負契約の締結前に、或は少くともそれと同時頃に本件請負契約締結の事実を知り、又は知り得たものとは認め難く、したがつて、不法行為責任を否定するのが相当であること、前記に説示したとおりである。
また、何人らが一審被告財団の理事であるからとつて当然には自己の予見、認識しえなかつた本件請負契約を阻止すべき注意義務があつたと言うことはできないから、右の者らに一審原告の前記損害を賠償すべき責任を認めることはできない。
以上のとおり、一審原告の、その余の理事らに対する損害賠償請求は、すべてこれを認容することができなく、失当として排斥さるべきである。
7 一審被告財団の責任について
一審被告三郎、同三雄、同楡井、同及び亡小島が本件請負契約の締結に関与したのは、一審被告財団の理事たる職務として行なつたものであるから、一審被告財団も民法四四条一項に基づき、損害を賠償すべき責任があると言うべきである。
8 そこで、右一審被告らが賠償すべき損害の範囲について検討する。
一審原告の主位的請求である損害賠償請求の根拠は、一審被告財団の理事である一審被告らが、一審被告財団に資金がなく、船舶振興会からの補助金をその主たる財源としていたものの、その補助金交付の確実な見通しもなく、従つて、本件請負契約を締結して一審原告に工事を行わせれば、工事代金を支払うことができず、その結果損害を生じさせるおそれがあることを知りうべきであつたのに、過失によりその検討を怠つて本件請負契約を締結し、ひいてはその工事を行つた一審原告に損害を生じさせたことを要点とするものであるところ、先に認定したように、一審原告は、一審被告財団が当座の運営資金もなく、一審原告が融資を受ける資金の一部から一〇〇〇万円の貸付を受けなければならないほど資金的に逼迫しており、かつ、一審被告財団が本件建物の建築資金の主たる財源を船舶振興会からの補助金に頼つていること及びその補助金交付の確実な見通しが立つていないことの諸事情を知りながら、たとえ融資金の一部は本件建物の工事請負のための資金を含むとはいえ、自己の営業資金の早急な融資を受けることの必要性があつて、危険を犯して、本件請負契約の締結を一審被告財団に急がせたという落度があることは否定できないのである。してみるとこのような一審原告側に存する事情は、一審原告の過失として、損害賠償の範囲を定めるのについて参酌すべきものと解するのが相当である。
そして、双方の過失の程度を考慮するときは一審原告の受けた前記損害(三〇七二万八四九四円)中、七割弱に当る二〇〇〇万円をもつて賠償すべき範囲とするのを相当と認める。
9 遅延損害金の利率について
一審原告は、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求しているが、不法行為による損害賠償請求権は商事債務ではないから、その遅延損害金は民法所定の年五分の割合によるべきである。
10 してみると、一審被告財団及び一審被告三郎、同、同楡井は各自一審被告三雄、亡小島理事(いずれも原審における共同被告)と連帯して一審原告の受けた損害のうち二〇〇〇万円及び不法行為後の民法所定の年五分の割合による遅延損害金を負つていた筋合である。
ところで、一審被告は、亡小島亀太郎の相続人らから昭和六一年九月二六日三〇〇万円の支払を受けたので、これを右損害賠償債権に対する不法行為後の昭和五五年一〇月一日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金に充当した旨を自陳しているので、その充当関係を計算すると、一審被告が自認する三〇〇万円の弁済は損害賠償額二〇〇〇万円に対する昭和五五年一〇月一日から三年間分すなわち昭和五八年九月三〇日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金に全額充当されたことが認められる。したがつて、右一審被告らは一審原告に対し損害賠償として各自金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべきであるが、これを超える部分(但し金三〇七二万八四九四円を超える部分については同被告等に対する関係では一審原告から不服申立てはない)は失当として排斥を免れない。
二債権者代位権による代位請求について
1 一審原告から一審被告財団に対し、一審原告主張の金員のうち七〇〇万円の貸付がなされたことは当事者間に争いがなく、<証拠>並びに前記認定の事実を総合すると、一審原告と一審被告財団の理事である一審被告三郎、同、同三雄との前述の話合により、一審原告から一審被告財団に対し、当座の運営資金として一〇〇〇万円を貸与することになり、昭和五四年一月二〇日七〇〇万円(この点は争いがない)を貸与したほか、同年同月二二日、一審原告が一審被告三雄理事の依頼のもとに、一審被告財団のために甲匠設計こと大平敏夫に対し、本件建物の設計監理料として、右貸付予定金額中の残額三〇〇万円を直接支払い、これにより一審被告財団に対して合計金一〇〇〇万円が、弁済期、利息の定めなく(前述のとおり、この貸付金は本件建物の請負代金一億四〇〇〇万円に加算して本件請負契約書《甲第一号証》に記載され、請負工事代金が全額支払われるときは、それをもつて貸付金の返済がなされたものとみることとされていたので、工事代金の支払期も未定であり、本件貸付金の弁済期も特に定められなかつた)貸与された事実を認めることができ、この認定を妨げるに足りる証拠はない。
2 一審被告らは、一審被告財団から一審原告に対し、右貸金に対し、昭和五四年五月一四日二〇〇万円を弁済したと抗弁し、その日時の点はともかくとして、一審原告がその頃右金額を受領したことは一審原告の認めるところである。しかし、右金員は、弁論の全趣旨に照らし、一審原告が本件建物の請負工事代金の一部支払として受領し、前述のとおり、請負代金の支払を受けたものとして控除し、その残額をもつて損害賠償ないし請負代金の請求をしているのであつて、右一〇〇〇万円の貸金に対する弁済ではないと認めるのが相当である(乙第一二号証には一審被告財団の内部処理として恰も右金員が七〇〇万円の貸付金《帳簿上は預り金》に対する一部弁済であるかの如くに帳簿の記載がなされているが、このような処理記載をもつては、右の認定を妨げるに足りるものではない)。
したがつて、一審原告は一審被告財団に対し一〇〇〇万円の貸金債権を有していたところ、一審被告矢吹及び亡小島の相続人らから一〇〇万円ずつ合計二〇〇万円の第三者弁済を受けたことを自認しているから、残貸金債権額は八〇〇万円となり、一審原告は、一審被告財団に対し、右貸金残八〇〇万円とこれに対する昭和六二年八月七日付準備書面(基本債権変更の準備書面)陳述の日の翌日であること記録上明らかな同年八月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金債権を有することとなる。
3 一審被告財団が現在無資力であることは当事者間に争いがない。
4(一) 一審被告財団が昭和五四年二月一四日以降、一審被告三郎、同菊田、同手塚、同佐藤、同井上、同、同楡井に対し、各金一〇〇万円を貸し付けたことは右当事者間において争いがない。
もつとも、右一審被告らは、当審において、右自白が真実に反し、かつ錯誤に基づいてなされたものであることを理由として、右自白を撤回し、右自白にかかる事実を否認するのであるが、右一審被告らの自白が真実に反し、かつ、錯誤に基づいてなされたことを認めるに足りる的確な証拠がないばかりか、右一審被告らの自白がなされた経過は、一審原告が当審における補足主張において主張するとおりであることが本件記録上窺われるのである(一審原告の昭和五九年九月一〇日付、一審被告らの同年一一月一六日付、同昭和六〇年九月九日付各準備書面参照)から、少くとも、右自白は錯誤に基づいてなされたものでないことは明白であり、その撤回は許されない。
したがつて、右一審被告らは一審被告財団に対し各金一〇〇万円を返還すべき義務がある。
なお、一審原告が右一審被告らに対し右各貸金の返還請求(一審原告の昭和五九年一一月二六日付準備書面による)をしたのが原審第二四回口頭弁論期日である昭和五九年一一月二六日であることは記録上明らかであり、右一審被告らは一審被告財団に対し、右貸金債務各一〇〇万円とこれに対する右弁済請求がなされた日の翌日である昭和五九年一一月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う債務を負つていることになる(一審原告は、当審において、右一審被告らに対し昭和五九年九月一〇日付準備書面の送達により弁済を請求したとし、一審被告財団が同年九月一一日以降の遅延損害金債権を有すると主張するが、右準備書面は、一審原告が、債権者代位権に基づいて一審被告らに対し、一審被告財団に対する寄附申込に基づく義務の履行を求める内容のものであつて貸金債権の請求に関するものではないから、右の主張は理由がない。又、被保全債権が損害賠償債権から貸付金債権に変更されたといつても、前記のとおり一審被告財団が一審原告に対しいずれの債務をも負担していることは明らかであり債権者代位権の行使として適法であるから、代位してなされた一審被告らに対する貸金返還請求は適法であるというべきである。)。
5 右によれば、一審原告は、一審被告財団に対する前記1、2の貸金残金八〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一八日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の債権を保全するため、一審被告財団に代位して、同被告が一審被告三郎、同菊田、同手塚、同佐藤、同井上、同、同楡井に対して有する右各貸金債権及び遅延損害金債権を、自己の一審被告財団に対する右各債権の弁済を受ける限度で(最高裁判所昭和四四年六月二四日判決、民集二三巻七号一〇七九頁参照、債権者代位権の行使の際にも同様に解するのが相当である)代位行使することができるというべきである。
したがつて、一審被告三郎、同、同菊田、同手塚、同佐藤、同楡井、同井上は、同人らの弁済を合計して、一審原告の一審被告財団に対する前記貸付金残金及び遅延損害金に充つるまで、一審原告に対し、同被告らの一審被告財団に対する貸金債務の弁済として、各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、一審原告のこの点の請求は以上の限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却すべきである。
三一審被告楡井同菊田及び同井上に対する第一次的予備的請求について(一審被告楡井については当審認容額との差額分)
1 請求原因(一)(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。
2 請求原因(二)(本件請負契約)及びこれに対する右一審被告らの抗弁(心裡留保による無効)に対する判断は、前記主位的請求についての判示一3及び4と同旨である。
3 <証拠>によれば、一審被告楡井、同菊田及び同井上は、一審被告財団が昭和五四年五月一四日振り出した金額各七〇〇万円の約束手形一〇通(額面合計金七〇〇〇万円)にそれぞれ裏書したことが認められる。しかし、一審被告楡井、同菊田、同井上及び同三雄の原審における各本人尋問の結果によれば、そもそも右各手形は、一審原告の資金繰りを助けるために振り出されたもので、右裏書は右一審被告らが一審被告財団の一審原告に対する本件代金債務について保証する趣旨のものではないことが認められ、またたとえ右各手形が本件請負代金の支払のために振り出されたものとしても、その裏書人がこれによつてその代金の支払債務を保証したものとはいい難いから(最高裁判所昭和五二年一一月一五日判決民集三一巻六号九〇〇頁参照)、右手形の裏書のみにより、一審被告財団の一審原告に対する本件請負代金債務を保証したものと認めることはできず、他に右保証を認めるに足りる証拠はない。
4 右によれば、一審原告の右第一次予備的請求は理由がない。
四一審被告財団に対する予備的請求について(当審認容額との差額分)一審被告財団が一審原告と本件請負契約を締結したことは、前記一3のとおりであるが、本件工事の出来高は前記一5(一)のとおり三二七二万八四九四円に達し、うち二〇〇万円の弁済があつたから、一審原告は一審被告財団に差し引き、三〇七二万八四九四円の請負代金債権を有することになるが、一審原告は前記損害賠償請求が認容されない部分について予備的に請負代金請求を維持するので、前記認容の損害賠償債権二〇〇〇万円を控除した請負代金一〇七二万八四九四円及びこれに対する本件訴状送達の翌日以後であることが記録上明らかな昭和五五年一〇月一日から完済まで商事法定利率による年六分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるところ、一審原告と一審被告財団との訴訟においては、一審原告は本位的請求について一部敗訴(損害額及び遅延利息について一部請求棄却)、予備的請求である請負代金請求については本位的請求の一審認容額を超える部分について請求棄却の判決を受けたが、右敗訴部分について不服申立て(控訴又は附帯控訴)をせず、一審被告財団が自己の敗訴部分の取消を求めて不服申立て(控訴)をしているにすぎないものである。
今ここで、当審で審理の対象となつていてこれを認容すべき予備的請求部分(一〇七二万八四九四円の請負代金差額分及びこれに対する遅延損害金)については直接一審判決の対象となつておらないけれども、本件のように、一審原告が不服申立て(控訴又は附帯控訴)をすることができるのに、これをしなかつたというような場合には前記予備的請求部分について、一審被告は不利益変更禁止の法理による保護を受けると解するのが相当である(最高裁判所昭和五八年四月一四日判決判例時報一一三一号八一頁参照)。
そうだとすると一審原告は、結局右予備的請求については一審被告財団に対し一審判決が本来的請求について認容した金額と同一の限度すなわち金一〇七二万八四九四円及びこれに対する昭和五五年一〇月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるにすぎないというべきであり、これを超える部分の予備的請求(年五分の遅延損害金を超える部分、なお三〇七二万八四九四円を超える部分については一審原告からの不服申立てはない)は失当として排斥されるべきである。
五一審被告菊田、同手塚、同佐藤、同矢吹、同井上、同三郎、同、同楡井に対する第二次的予備的請求について(一審被告三郎、同、同楡井については当審認容分との差額分)
まず一審被告財団が、一審原告の主張するような財団法人として実体を伴わない架空のものであり、法人格否認の法理を適用すべきものかどうかについて、当審における補足主張を含めて検討するに、この点について一審原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。むしろ、<証拠>によれば、一審被告財団は、本件請負契約締結当時、金一〇〇〇万五〇〇〇円の資産を有し、前記各一審被告らが一審被告財団の理事として就任していたこと、一審被告財団の当面の目標として本件建物の建築を計画し、対外的にも右建築実現のための種々の準備活動を行なつていたことが認められるのであつて、右事実に照らせば、本件請負契約締結当時、一審被告財団は、財団法人としての実体を備えていたと言うべきである。
そうすると、その余の点について論ずるまでもなく、一審原告の右第二次的予備的請求も失当である。
六結論
1 以上の事実によれば、一審原告の本訴請求中、主位的請求のうち、不法行為に基づく損害賠償請求については、一審被告財団、同三郎、同楡井及び同に対し各自金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月一日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める部分及び、債権者代位権に基づく代位請求については、一審被告三郎、同楡井、同、同菊田、同手塚、同佐藤及び同井上に対し、一審原告の一審被告財団に対する貸金残債権八〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一八日から完済までの年五分の割合による金員に充つるまで各自金一〇〇万円、及びこれに対する昭和五九年一一月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める部分は理由があるからこれを認容するが、その余は失当であるからいずれも棄却し、第一次的予備的請求中、一審被告財団に対する請負代金請求のうち、金一〇七二万八四九四円及びこれに対する昭和五五年一〇月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を求める部分は正当としてこれを認容するが、これを超える部分は失当として棄却し、一審被告楡井、同菊田及び同井上に対する第一次的予備的請求(請負代金債務についての保証債務)、並びに一審被告菊田、同手塚、同佐藤、同矢吹、同井上、同三郎、同、同楡井に対する第二次的予備的請求(法人格否認の法理による請負代金請求)は、理由がないからいずれも棄却するべきである。
2 以上に説明したとおりであるから、一審原告の控訴にかかる分の原判決は当裁判所の以上の結論と同旨であつて正当であり、その控訴は理由がないので、民事訴訟法三八四条一項に従い、これを棄却し、一審被告らの控訴及び附帯控訴については、原判決中、右各控訴にかかる一審被告ら及び附帯控訴人らに関する部分は、当裁判所の以上の判断と結論を異にする限度で不当であり、右控訴及び附帯控訴は一部理由があるから、同法三八六条、三八四条一項により、原判決中同人らに関する部分を主文第二項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき、同法九五条、九六条、九三条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)